お侍様 小劇場 extra

     “にゃーにゃ、お元気vv”〜寵猫抄より
 


昨年までのこの時期と言えば。
冬の最後の悪あがき、寒波が北から降りて来たり戻ったりを繰り返すのへ、
一喜一憂していただけだったような。
花粉症を患ってる家人もいないので、
ただひたすらに、早く暖かくなれなれとばかり、

 「そういう話題くらいしか、あんまり取り沙汰しませんでしたよね。」
 「そうだったかの。」

日本はいまだに春から新学期、新年度ではあるけれど、
書籍の世界じゃあとっくに、
それらへの企画や原稿は、準備どころか締め切りも終えている。
あとはせいぜい、所得税の申告くらいのものだろか。

 「そちらも先程PCで済ませましたし。」
 「すまぬな。」

金髪碧眼の有能秘書殿がにっこり笑い、蓬髪の壮年殿が礼を一言。
何たって自由業にあたる作家先生で、
それに資産にあたる不動産の管理もあるものだから、
わざわざ届け出をせねばならない身。
とはいえ、毎年のことなので、敏腕秘書殿も慣れておいでで。
それらの提出も終えてしまえば、
あとは…ただただ静かなばかりの春待ち頃でしかなかったはずが、

 「にゃっvv」
 「おやおや。お口の回りが真っ赤っ赤だぞ?」

目映い陽光の降りそそぐ、明るいリビングで。
半畳はある大きなクッションにちょこり埋まって。
ふくふくとした小さなお手々での両手もち。
かぱりと大きく開くと、
さすが小さいながらも鋭い犬歯がお目見えするお口でもって、
甘い甘い真っ赤な果実に食いついちゃあ、
ご機嫌そうに満面の笑みを振り撒いている小さな坊やへ、
大人二人も目元を和ます。

 「野菜も好きではありますが、苺もここまで好きだったとはねぇ。」
 「まだまだ幼いから余計にであろうよ。」

最近の苺は特に甘みが強いようだしと、
本日のおやつ、
武骨で大きな手の指先に摘まんだ、
春の使者たる赤い実を感慨深げに眺めた勘兵衛様にしてみれば、

 「儂が幼いころは、苺の旬は初夏だったのだがな。」

確か、レンゲ摘みに行ったその傍らで農家の方が収穫していて、
それを手伝うとご褒美にと一籠もらえたもんだなんて、
そんな話を先日したらば、

 「林田くんが、レンゲ摘みに行かれたのですかと、
  妙なところに反応してくれおったが。」

どうもあの青年は、鋭いのだか おトボケているのだか…なんて、
自分の担当者である編集のお兄さんの発言とやらへ首を傾げた大先生へ、

 “…いや、妙なところじゃないですって。”

恐らくはそのころから既に剣道も始めていただろう、
こんな屈強精悍な壮年男性が、
幼少のみぎりにはお花摘みをしたなんて話を持ち出したんだもの。
そら驚きますってばと。
ヘイさんがどんな顔をしたものやら、
ああ、その場にいたかったよなぁなんて、
胸の底にてこっそり思っている七郎次はともかくとして。

 「にゃ?」

濡らしたハンドタオルでむいむいと、
その七郎次お兄さんに、
お口の回りやすべらかな頬を拭ってもらっていた小さな仔猫さん。
こちらの会話に気づいたか、
みゅうぅう?と鳴いて小首を傾げて見せてから、
赤みの強い大きなお眸々をぱちぱちっと瞬かすと、

 「みゃ。」

両手で抱えてた苺さんをまじと見つめ、
それからそれから、
その小さな両手を、揃えたまんまで少しほど持ち上げた。

 「? 久蔵?」

手元に何か違和感でもあるのかと、
底を下から覗き込みでもしたいのかしらと思ったらしい勘兵衛へ。
だが、そんな彼がテーブルへと載せていた手を延ばしかけた途端に、
横合いから止めた別の手があって。

 「〜〜〜〜。」
 「七郎次?」

言葉で制せば済むだろうに、
子供のやんちゃを有無をも言わさず制するような強引さ。
彼には滅多にない 力づくな行為へ、おやと怪訝に思った勘兵衛を、
もっと怪訝だと眉を顰めさせたのが、
そんな七郎次が何とも苦しげに…笑いを堪えていたからであり。

 「…いかがした。」
 「いえあの、ですから。////////

小さな小さな仔猫の久蔵、
いかにも幼い動作で示した行動に、彼は既に見覚えがあるらしく。

 「今は苺を持っていますが、
  この頃ではご飯の前にあれをするんですよね、この子。」

チャーハンやおじやなんかじゃあ熱いから無理ですが、
おかかを混ぜたご飯や、ごくごく小さいのを作ってやったおむすびを、
同じようにして見せてますよと言い足せば。

 「ご飯の前に…………? …あっ。」

昔はどうあれ、最近ではなかなかの腕前となった敏腕秘書殿の手料理へ、
居合わせていてご相伴にと預かる際には、
必ずそれはそれは丁寧な“合掌”をして見せる誰かさん。
殊に、

 「お主の握り飯が、殊の外 美味いと褒めておったな。」
 「ええvv」

最初のうちは、
それと共にお出しした、味噌汁やら卵焼きやら野菜炒めやら、
どこにも褒めようがないからそんなところを褒めたのかと思い、
勘違いとはいえ結構 落ち込んだほどでしたがと。
苦笑をしている七郎次が言いたかったのは、

 「そうか、これは林田くんの真似か。」

おむすびの差し入れをすると、
合掌のみに飽き足らず、
握り飯を“ありがたや〜”と掲げまでするお米好き。
そんな彼の食べようが不思議だなぁとか面白いなぁとか、

 「印象づけられてたらしいんですよね。」

ヘイさんへ連絡しとかなきゃあなんて独り言言ってると、
こちらを見上げて今のような“振り”をするんですよね。
このお兄さんのことでしょう?と言いたげに。
何も持たない小さな両手、
お顔の前でくっつけての掲げるような所作をする、小さな仔猫を思い出したか、
とうとう拳で口元押さえて、これでも加減をしつつ笑い始めた七郎次であり。
そんな彼と違い、初めて観た身の島田先生にしてみれば、

 「大したものだの。」

本能に沿った、若しくは必要だからという反射的な動作とは全く異なる所作・仕草。
手の先や体のあちこちの毛並みを舐めるとか、
縄張りを記すためにとその身を擦りつけて匂いつけをするとか。
食べ物を押さえる、登りたいので手を伸ばす…なんてこととは全くかぶらぬ、
必要もないかも知れない仕草だろうに。
耳に入った会話から想起して、この人のことでしょ?と再生してしまうなんて。

 「ほんに。賢い和子だの。」

ふたたび苺にぱくつき始めた小さな坊やへ、
感に堪えたそのまんま、
大きな手を伸ばすとよしよしと、綿毛頭を撫でてやる勘兵衛で。
何で急に“いい子いい子”されたかなんて、
それこそ前後のつながりまでは判っていない久蔵だろうに、

 「にぁんvv」

大好きな勘兵衛からの、
気に入りの大きくて重たい手での“よしよし”を得られたは嬉しかったらしく。
頬張ってた苺を んぐんぐと食べ切ると、
そりゃあ甘ぁい声音で鳴いてみせ。

 「あ、これ。ちゃんと拭わないと。」

小さな手のひら交互にお口へ持ってって、
そこへと染ました果汁の甘さ、
小さな肉薄の舌にてそりゃあ愛らしく舐め取ってから。
七郎次からの制止も聞かず、
低いリビングテーブルの一角への、
正座をし損なっての外側へとあんよを崩したような、
相も変わらずな稚
(いとけな)い座りようから よいちょと立っちをしてしまい。

  それからそれから

きょろきょろと辺りを見回すと、
テーブルの片隅、籐の籠へと納められてたのへと眸がいって。
そちらへ とてちて歩み寄った久蔵、

 「にゃーにゃ、みゃうみー。」

さすがにこれは両手でも持ち上がらなかったのでと、
自分のお顔のほうを寝かせて添わせ。
そのまましきりと鳴いたのは、もしかしたらばお喋りの再現か。
それからそれから、お顔を起こすと…今度は同じものを相手に、
小さなお手手でパチパチと、たくさん居並ぶボタンを叩き始めて。
実をいや、指までは動かせぬ身であり、
両手を一緒にそろえての動作は、
ピアノか何かの鍵盤をデタラメに叩いているようにも見えなかないが、

 「あ…。////////
 「ほほぉ。」

とんだ連想ゲームか、ジェスチャーゲーム。
横になったテレビのリモコン相手の小さな和子のお顔は、
どちらかといや 真剣真面目なそれでもあったから。
楽しげな演奏ではなくの、
小さな坊やも取りつきがたいと思うほど真剣になってる誰かさんの……

 「うあ、もしかして私の真似でしょうか、これ。////////
 「だろうな。」

電話への応対と、PC操作をしているところ。
決して邪険にしちゃあいないし、
そんな態度をされてたならば、覚えはしても真似まではすまい。
それが証拠に、時折、

 「…あ、また。」

手を止めると小さな顎を胸元へとくっつけるのは、
PCでの資料整理の傍ら、
時々手を止め、うつむいてはお膝に乗ってる坊やへと、
もうちょっと待っててね…なんて言いつつ、微笑って見せてたのの再現だろからで。

 「よく見てますねぇ…。」

ありゃりゃあと眉を下げてしまった七郎次の傍らへ、
もぉいぃい?とお顔を上げると、そのまま“うにゃん♪”と駆け戻った幼い和子。
ほんの数歩をとてちて戻って来た小さな肢体を抱きとめて、
お膝へ抱え、ぎゅむと抱く。

 「にゃ?」
 「ごめんな。片手間な構い方してるよな、時々。」

どうしても手が放せない電話やメール、
溜め込むと後が大変な、公私ともの様々な資料の更新や整理。
久蔵が寝てしまってからでもやれることだのに、
家事の合間に思いついたら、ついつい…忘れぬうちにと手が伸びてしまう彼であり。
そっちへ注意が偏ってしまい、
遊び盛りの久蔵坊やを、退屈させたり構えなかったり。
そんな間合いがあること、真っ先に思い至ってるところが、

 “なんの、十分に気を払っておる証拠だろうに。”

いつぞや何に驚いたものか、木の高みに駆け上がった一件があって以来、
久蔵が一人でポツンとしているところは、そういやあんまり見たことがない。
私たちには人の和子に見えているだけじゃあなく、
本来ならばもっとずっと育っていように、半年経っても幼いまま。
そんなこんなと、この子はどこかが変わっているから、
いくら身が軽くて受け身も上手な猫だと言っても、
放っておいていいものじゃあないと。
常に目の届くところにいるよう、注意している七郎次だと知っている。
美味しいご飯をくれるとか、
時に“執筆”というお籠もりをする勘兵衛より構ってくれるからとかじゃあなく。
ホントの身内であるかのように、構いだてし、心配し、
想ってくれてる彼だからこそ、
久蔵の方もまた、その身を擦り寄せ、
その手から物を食べるほど、心から懐いているのだろうにね。
今だって、

 「にゃvv」

抱きしめられた懐ろの中、いい匂いにうっとりと目許を細めて。
小さな肩越し、降りて来ていた優しい顔容
(かんばせ)の頬へと、
うにゅうにゅ 頬ずりし続けている、久蔵の甘えようはどうだろう。
まだちょっと不器用で、やあらかそうな可憐な手だって。
自身の腹あたりへ回された動作にめくれたか、
袖口から半分近くが覗いてる、七郎次の真白い腕へと添えられていて、
同じような淡彩の、金の髪に白い肌。
繊細で優しい造作の風貌といい、
向かいに座した勘兵衛には、母子のようにしか見えない二人であり、

 「仲のいいことだの。」

相手が相手でなければ妬いておるほどだと、
暗に仄めかしての作ったような言いようをすれば。

 「あらら。////////

いけないいけない。選りにも選って、御主を放り出しててどうするか。
はっと我に返った秘書殿が、
それでも苦笑混じりという和やかな様子でお顔を上げれば。
その懐ろにいた無邪気な和子が、

 「にあ?」

どしたの?もう終しまい?というよな声を上げる。
それからやっと、
こちらさんも…真ん前からこちらを眺めやる視線に気がついたらしく。
そちらはソファーに座していて、
視線もうんと高い勘兵衛を見上げていた小さな坊や。
かくりこと小首を傾げて見せると、ややあって。
まずは小さな拳を片っぽだけ握りしめ、
テーブルの上へちょこりと載せて。
それからそれから、むむうっと目許を顰めると、
小さな拳を前へやったり引き寄せたり。

 「???」

今度は何が始まったのだろと、
作った表情弾かれた勘兵衛とほぼ同時、

 「〜〜〜っ。」

こちらは、またぞろ肩や背中を震わせ始めた七郎次だったりし。
どう見ても、先程よりも更なる笑いの発作、
必死で押さえているとしか思えない反応ではなかろうか。


  ……ということは。


  「これは、儂か?」


気難しいお顔になっての、机の上では何かをぐりぐり。
幼いお顔を無理から顰めているものだから、
怒っているようにも見えかねず。

 「いやっ、それはどうですか、あのっ。////////

こっちも実は知ってたらしい七郎次が、それでも何とか執り成しかけたが、

 「みゅ〜〜〜むう。」

長い長い溜息もどきのお声を伸ばすと。
視線を下げたは原稿を睨み据えてる真似だろか。
もう片方の小さなお手々がぺちんと、柔らかそうな顎の先を叩き、
そのまま左右に撫で撫でと動いたは、
もしかせずともお髭を撫でてるポーズに他ならず。

 「…す、すみません。////////

執筆中の書斎には近寄らせなかったはずなのですが、
どこからもぐり込んで見ていたものか…と。
島田先生 執筆中のお姿を、真似っこしている坊やだということ、
ダメ押ししてくれた七郎次だったりし。
そして、


  ―― 儂はああまで怖い顔をして原稿を書いておるのか?


やっぱり頓珍漢なことへ衝撃を受けたらしい御主様へ、

 『勘兵衛様の専門は、幻想ものとか伝奇ロマンですから、
  あんまりへらへらと笑いもって書くよな内容でもないでしょうに…』と。

選りにも選って閨にて訊かれ、
疲れた心身励ましながら、えっとうっとと頑張って
(?)
懐ろに掻き抱き、宥めて差し上げた誰かさんだったりしたそうな……というのは、


  ………はっきり言って蛇足でしたか?
(笑)






    〜どさくさ・どっとはらい〜 09.02.22.


  *しゅまだと遊びたいの とばかり、
   隙あらば寄ってこうとするよな子だもの。
   どんなチャンスだって見つけましょうぞvv
   怖いかどうかはともかく、
   野性味あふるるお顔にどきゅんした坊やだったのかもだぞ。
(おいおい)

   ……というワケで、
   猫の日の更新、某A様からいただいたメールにあった、

   『難しい顔して“しゅまだの真似”ってして見せて、
    それを見たシチさんは息が出来ないほど笑い転げたりして…』

   というの、形にさせていただきました。
   勝手なことをすみません。
   でも、凄っごく楽しゅうございました
tx4-new-ap.gif(笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

ご感想はこちらvv

     素材をお借りしました かりかりよりも缶が好き!サマヘ ぽわぽわ猫の壺さまへ

戻るにゃんvv